急がないと先がない
テロ。正式にはテロル。
一般には心理的恐怖心を引き起こすことにより、
政治的主張や理想を達成する目的で行われる暴力行為のこと。
またはその手段を指します。
私は自分自身にテロルを起こしてやろうかと考えています。
語弊を招く前に言っておきます。
『私は誰にも害を与えるつもりはありません』
自分自身にテロルとはどういう事か。
自傷行為や自殺行為の事を言っているわけではありません。
自分自身を窮地に追い込む事によって、
新たなる自分を見いだし、着実に一歩前進しようと言う
極めて強引な、且つ無茶なやり方だと思います。
自分自身を改革したいという気持ちを表すのに最も近い表現として
テロルと言う言葉を用いているだけなので、
危険思想だのノータリンだの言われると心外です。
言いたいお方は私に聞こえないように言え。
『俺を罵れ!俺を冒涜しろ!俺を侮辱しろ!』By Katoh The Confession
では実際、どうやって自分自身にテロルを実行するか。
それが一番難しいですね。
自分に衝撃を走らせるような事象を、自分自身で実行しようと言うのですからね。
だいたい自分のやる事なんて見当ついてしまいますからね。
そこで、自分のボキャブラリーを遙かに超越した何か…。
作家の町田康先生の本の一節中で
自分の頭蓋骨を半分取り外し、
取り外した部分に透明のケースを付けスケルトンにし、
中の脳が見えるようにした
というショッキングな奴の話がありました。
そいつも日常生活にテロルを起こしたかったのです。
その結果は大成功でしたが、やはり自分の身体を改造した代償は大きかったようでした。
私にはそれはちょっと真似できねぇなぁ。
何て思っていますが、そういう
「自分には真似できない」
みたいなことを敢えて実践することが自分自身に対するテロルなのではないでしょうか。
頭半分スケスケなのも悪くないかもしれませんね。
まさに明け透けな奴。
学生時分の頃、誰もが一度はヤンキーみたいな奴に憧れを抱くと思います。
私もそんなんで頻繁に大人に叱咤罵倒されていました。
俗に言う反社会的なムーブメントを勝手に起こしていたときに
友人の父親が私に
「ヤンキーみたいな中途半端なもんになるくらいなら、ゲリラになれ」
と言ったのを今になって思い出します。
極端ですよね。
でも今になって解るのです。
中途半端、つまり煮え切らない存在を成就して得るものはまた中途半端であると。
ゲリラになることも、頭を半分スケルトンにすることも
つまりは一緒なのですね。
極端な存在に成ることで、自分に対する社会の動きも極端になる。
頭半分スケルトンが自分の隣に座っていたら、それだけで驚異です。
私なら避けます。
自分への風向きを強風にすることで、自分を追い込み、驀進しろと
あの日の友人の父親は言いたかったのではないでしょうか。
それとも軽いジョークのつもりで言ったか。
有力なのは後者です。
結局自分にテロルを起こすためにも気合いなのですよ。
気合いが物言う世の中です。
気合いで何とかなる。
自分自身の改革、テロル。
皆さんもノリで頭骸骨半分スケルトンにしてみては如何?ウフフ。
今日のBGMは
・ロマンチスト/The Stalin
・生きてる自分を誰が知っている/鉄アレイ
の無限リピートでした。
0 Comments:
Post a Comment
<< Home